国語を教えていて思うこと
- あーぎゅ/自己主張P

- 2022年7月27日
- 読了時間: 1分
お久しぶりです。あーぎゅです。
今日から、不定期でブログ更新を始めたいと思います。
塾講師をはじめて4年目に突入したのですが、最近、国語を教えることが増えてきました。
小学生の頃から理系人間だった私は、国語が得意というわけではなかったのですが、教える(=発言に責任がある)立場になると、体系的に話せるように思考をまとめる必要が当然あります。そして、説明を始めるとき、ふと思い出します。
「あ、これ中学校のときの先生が言ってたな」と。
記憶には残っているので、真面目に授業を聞いていたことには違いないのですが、当時はその言葉の意味の理解が不十分だったということです。
なぜ、当時の理解が不十分だったのか。
私感ではありますが、「書く」練習が足りなかったことが原因でしょう。
私は学会予稿や論文などの執筆をして以来、論理表現への目の付け方が一変しました。
私の意見を伝えるために、どのように書けばいいか。
ツイートやこのブログのような雑記でも、自然と気にして書くようになりました。
この「書く」練習が、論理力を身につけることへの一本道でないことは重々承知ですが、少なく見積もっても「百読は十書にしかず」なのではないかと思います。
指導法にも上手く組み込んでいきたい
そう思う本日でした。

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